フィクションです。事実ではありません。しかし、池と島があり、
そこに、ニャンコがいる限り、どこでも起こりうることです。
大和市武蔵公園には大きな池があり、その中に三つの小さな島がある。
北島、中島、南島である。
「隊長、大変です!」
「お前の大変は聞き飽きた。 こんどは何だ、言ってみろ」
「北島で猫1匹と子猫3匹を発見しました」
「そりゃ大変だ!」
「ニャンコ助け隊長」の顔色が変わった。 猫は泳げない。小さな北島に閉じ込められた猫に未来はない。
餓死するだけだ。 しかし、泳げない猫がなぜ北島に…。
多分猫が知らずに凍結した池を歩いて、島に渡ったのだろう。
氷が融けて帰れなくなってしまったのだと思う。

「よし、ニャンコちゃんを助けるぞ。救助艇出動!」
「ラジャー」
「ニャンコ助け隊」といっても、近所のおじさん、おばさんの寄せ集めだ。 予算もないし、船もない。
幸いこの池では貸しボートが営業されている。
「借り賃は40分600円だから、一人200円でいいな。割り勘で行こう」
相談は直ちにまとまり、3人のニャンコ・レスキューが「救助艇」に乗り組んだ。
北島への往復に、10分かかるので救助に使える時間は30分しかない。 厳しい時間との戦いになった。
30分は、ニャンコと信頼関係を築くには、あまりにも短い。 強制連行しか手がない。
島内を逃げ回るニャンコを捕まえるのは至難の業だ。
「隊長、子猫2匹、救助しましたが、これ以上は無理です」
「よし、分かった。 とりあえず、エサと『猫小屋用』のダンボールを届けてやれ」
「叉ですか、ボートの借り賃払って下さいよ」
隊長から600円巻き上げ、ボートを借りて、救助物資を陸揚げしたが、この後が大変だった。
「隊長、大変です」
「大変はいいから、中身を報告しろ」
「ボート屋のオヤジがカンカンに怒っています」
「なんだと?」
「島に上がってはいかん! もうボートは貸さない。と言うのです」
貸しボートのオヤジさんが怒るのも無理はない。 元々ボートは波止場以外、乗り降りしてはいけないものだ。
それなのに、夜になると無断でボートに乗って池岸のアチコチにボートを乗り付けて上陸してしまう狼藉者が後を絶たない。
盛り場に近いので酔っ払いの仕業かもしれない。 静かな池だから、ボートは水に手を入れてオールの代わりに使えば動くのだ。
ともかく、オジサンの朝一番の仕事は放置ボートの回収だ。 「さて、仕事しようか」と思ってボート乗場に着くと、係留していたはずのボートが池のアチコチに散らばっている。
こんな腹が立つことはない。 貸し出し準備に忙しいときに余分な仕事をさせられるのだ。
数艘のボートを繋いで漕ぐオジサンの姿を、朝の散歩でよく見かける。

「よし、こうなったら非常手段だ。 夜襲をかけるぞ!」
「やしゅう…?」
「夜になったらボート乗場は無人だ。 オールは収納するが、ボートはそのまま繋いである。 かっぱらって、
手漕ぎで行くぞ〜!」
「隊長、落ち着いて下さい。 隊の目的は猫を救うこと。 隊のモットーは法令を遵守し、人に迷惑をかけない。 そうでしょう!」
「…………」
「隊長! しっかりしてください」
冷静さを取り戻し、隊長は考えた。 島から岸まで10メートルくらいだから、エサを投げることが出来る。
「分かった。 エサ投げ作戦開始だ」
ニャンコを救うため我を忘れた隊長だが、直ぐに正気に返って、臨機応変の処置が取れるのだから大したものだ。
しかし、事態は思わぬ方向に展開した。 北島に置いて、猫小屋にしているダンボールを見た人が、警察に通報したのだ
「もしもし、一市民ですが、武蔵公園の北島に不審物があります」
「よし、分かった。爆発したら大変だから、武蔵公園を立入禁止にせよ!」
「あの〜、一市民ですが…」
「そんなことはどうでもよい。 緊急出動だ。緊急立入禁止だ〜!」
直ちに、警官隊が出動して、猫小屋を撤去してしまった。
と言うわけで、流石の「ニャンコ助け隊長」も万策尽きて、相談に来たのだ。
「ニャンコの命が危険にさらされています。 なんとか助けてやって下さい」
「公園の管理者にお願いしたらどうでしょうか」
「だめです! 保健所に知らされて処分されます」
「しかし、隊長が助けられないものを、どうやって?」
「この事実を、あなたのブログに書いて、世間に知らしめて下さい。救出ボランティアを募ってほしいのです」
「あの〜、ボランティアは現れないと〜思いますが…」
「2千万人がブログを読んでいるのですよ」
「私のブログはホンの少しです」
「見ず知らずの私も、読んでいるのです。出し惜しみしないで下さい!」
買いかぶってくれるのはいいが、現実が分かってから責められるのは私なのだ。
だが、待てよ。 これはフィクションだ。 隊長にとって、「お望みの結末」なら、それでいいじゃないか。
「分かりました。全面的に協力しましょう! きっとニャンコは救われます」
「ありがとうございます」
「大船に乗った気でいて下さい」
「大船? ボートより大きいですよね」
「ええ、まぁ…」
隊長は、ニャンコ助け隊、全員に向って叫んだ。
「ボート屋に勝ったぞ〜! 大船に乗ってニャンコ救出だ〜」